薄毛の原因が、ウイルスでもホルモンでもなく、自分自身の「手」にある場合があります。それが「抜毛症(トリコチロマニア)」です。これは、無意識のうちに、あるいは衝動を抑えられずに、自分の髪の毛や眉毛、まつ毛などを引き抜いてしまう精神疾患の一種です。抜いた瞬間に一時的な快感や安らぎを感じるため、ストレスや不安を感じた時の対処行動として癖になってしまうことが多いのです。学童期から思春期の子供に多く見られますが、成人の女性や、社会的なプレッシャーの強い環境にいる大人にも発症することがあります。抜毛症による脱毛の特徴は、形がいびつであることです。円形脱毛症のように綺麗な丸ではなく、手が届きやすい利き手側の側頭部や前頭部などが、不自然な形に薄くなります。また、自分で抜いているため、毛の長さがバラバラで、切れ毛や縮れた毛が混在しているのも特徴です。本人は抜いている自覚がある場合もあれば、テレビを見ている時や勉強中などに無意識に行っており、気づいたら床に大量の髪が落ちていて愕然とする場合もあります。薄くなった部分を隠すために帽子を手放せなくなったり、人との接触を避けたりするようになり、生活の質が著しく低下してしまうことも深刻な問題です。これは単なる「癖」ではなく、「強迫症」や「衝動制御障害」に関連する心の病気として捉える必要があります。「やめなさい」と周囲が叱責したり、本人が自分を責めたりしても、意思の力だけで止めることは非常に困難です。むしろ、それが新たなストレスとなって症状を悪化させることもあります。治療には、皮膚科だけでなく、心療内科や精神科との連携が不可欠です。行動療法(抜きたくなった時に別の行動をするなど)や、抗うつ薬などの薬物療法、そして何より背景にあるストレス要因を探り、環境を調整するカウンセリングが有効です。抜毛症によって失われた髪も、毛根が死んでいなければ、抜く行為が止まれば再び生えてきます。しかし、長年にわたって抜き続けていると、毛根がダメージを受けて生えてこなくなることもあります。恥ずかしさから誰にも相談できず、一人で苦しんでいる人は少なくありません。しかし、これは治療によって改善できる病気です。
無意識に髪を抜いてしまう抜毛症という心の病