佐藤さん(仮名)は、三十代後半の営業マン。仕事は順調で、多忙ながらも充実した毎日を送っていました。彼が自分の体の異変に気づいたのは、ある朝、洗面台の鏡に映る自分の姿を見たときでした。以前よりも髪の分け目が広がり、地肌が目立つように感じたのです。最初は仕事の疲れやストレスだろうと軽く考えていました。しかし、日を追うごとにシャワーの排水溝に詰まる髪の量は増え、枕にも抜け毛が目立つようになりました。営業先で相手の視線が自分の頭頂部に注がれているような気がして、自信を持って話すことができなくなっていきました。同僚からの何気ない一言に傷つき、人前に出るのが少しずつ億劫になっていったのです。これはただ事ではないかもしれない。そう感じた佐藤さんは、インターネットで情報を集め始め、抜け毛が内臓の病気のサインである可能性を知りました。特に、自分が最近感じていた異常なほどの倦怠感や、立ちくらみ、冬でもないのに感じる手足の冷えが、貧血の症状と似ていることに気づき、不安に駆られました。彼は勇気を出し、近くの内科クリニックを受診することにしました。医師に症状を伝えると、すぐに血液検査が行われました。数日後、告げられた診断は「鉄欠乏性貧血」。彼の体の中で、酸素を運ぶヘモグロビンが著しく不足していたのです。幸いにも早期の発見であり、鉄剤の服用と食生活の改善指導による治療を開始することになりました。治療を始めて数ヶ月、あれほど悩まされていた倦怠感は嘘のように消え、そして何より、抜け毛が明らかに減り、産毛が生え始めたのです。佐藤さんは、この経験を通じて、髪は体からの重要なメッセージを発していることを痛感しました。忙しさを理由に見て見ぬふりをしてきた自分の体と、真剣に向き合うきっかけを与えてくれたのは、あの日の抜け毛だったのです。